答えは、意外に簡単です。大地に戻ることなのです。へだてなく万物を大らかにはぐくむバランスの創造主、地球そのものにまかすのです。 余計な小細工は要りません。人知が入れば、共生の平衡は崩れます。健康増進のためのサプリメントのほとんどは、植物を材料としています。 それは、植物が大地から生まれたからでもあるのです。私たちは意識せず、地球の力を借りているのです。 また、心が病んだとき、自然な大地のふところに抱かれると、おのずから過去と現在と未来がバランスよく共存できるようになるのです。 時間はかかっても、かなりの例で、抗うつ剤も必要でなくなっていくのです。

したがって、可能なかぎり、地球そのもの、つまり「自然そのもの」ということで、「オーガニック」の発想が生まれます。 無農薬、無添加、無香料、どこかのウイスキーの名コピーのように、「なにも足さない。なにも引かない」が、 金科玉条きんかぎょくじょう のようになります。 しかし、これを徹底することは、現実的には非常に難しい。しかも、コストがかかります。

そして、あまりにもオーガニックにこだわることによって、かえって自然を破壊しないでしょうか? オーガニックとエコは本当に両立するのでしょうか? エコをうたいながら、貴重な資源を搾取していないでしょうか? オーガニックという大義名分のために、自然に無理強いをしいてはいないでしょうか? 本当に自然に優しいことなのでしょうか? ひょっとすると、過度なオーガニックは人間のエゴの部分もあるのではないでしょうか?  一神教の世界の住人のように、闘牛に熱狂し、フォアグラを食べながら動物愛護を叫び、捕鯨禁止を唱える矛盾を犯していないでしょうか? (フォアグラは、ガチョウやアヒルを動けないようにして、屠殺前の4~5ヵ月にきわめて残酷な 強制給餌きょうせいきゅうじ (ウィキペディア) を行い、 それによってつくった、可哀そうな鳥の脂肪肝です)

たしかに、オーガニックであることは重要です。 つまり、素材が3年間農薬や化学肥料を使用しない土地で栽培され、遺伝子組み換えの原材料は使用されず、合成添加物の使用制限がきっちり守られているなどは素晴らしいことです。 しかし、完全に農薬なしで、現実的に農業ははたして可能なのでしょうか?(無農薬農業を実行されて、いい収穫をあげている農家のことは、ときどき本で読んだりはしますが)。 植物はストレスを外部から受けると、みずから生体防御の物質を生み出し(=天然農薬)、それはヒトにとっては発癌性があると主張する研究者もいるくらいです。 ヒトにとって無害である最低限の農薬の使用は、植物にかかるストレスも軽減してあげ、むしろ安全かもしれません。そういう視点からも、見るべきではないでしょうか。 一神教の単眼ではなく、複眼の視点も必要ではないでしょうか。「天然農薬」とGoogleで検索してください。賛否両論、さまざまな見方があることに気づくはずです。

「オーガニック Organic」 or 「ノン・オーガニック Non-Organic」の二者択一の選択そのものも、一神教の闇の中でしか生まれない発想かもしれません。 時と場合に応じて、「オーガニック」と「ノン・オーガニック」は賢明に共存させるべきではないでしょうか。「共生」という概念は、もちろん「オーガニック」を否定しません。 じゅうぶんに「オーガニック」をバランスよく包含しつつ、それを乗り越えていくことです。
時代は反省の潮流に向かっています。世界は、いや、少なくとも日本は、すでにオーガニックを超えて(Beyond Organic)、共生(Symbiosis)の時代に入ったのです。

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