私たちのクリニックの基本コンセプトの一つは、この「共生」です。
いかにして、細菌やウイルスとバランスをとりながら、共に生きていくかです。細菌もウイルスも、自然の一部なのです。偉大な自然は不必要なものはつくらないのです。
そして、「 窮鼠 、猫をかむ」の 諺 のように、細菌やウイルスも追いつめられると、突然変異をおこし、逆襲を始めるのです。
癌細胞もそうです。抗癌剤によってたたかれると、転移し始め、さらに病状は悪化していくことがしばしばおこります。 抗癌剤と放射線治療を始めたために、それまでおとなしくヒトと共存していた癌細胞が、またたくまに転移し狂暴化する例を、臨床の場でさんざん見てきました。 胃に棲むピロリ菌も、胃潰瘍をおこすほど増えなければ、そっとしてあげたほうが良さそうです。 下手に殲滅すると、急に肥満になったり、アトピー性皮膚炎が悪化する例が多々あります。 ピロリ菌もそれなりの存在理由があるのです。みなさん、胃潰瘍や胃癌のリスクがないのに、ピロリ菌をむやみに駆除するのは熟考を要します。
医療の基本は、異質のこれらの生命体とヒトが、いかにうまく「共生」していくかなのです。これは内科に限ったことではありません。皮膚科についてもそうです。 10種類以上、1兆の常在菌が私たちの皮膚の上で暮らしています。悪玉菌も善玉菌も、しょせん人間が決めたものであって、細菌そのものは、悪でも善でもありません。 ニキビの元凶といわれるアクネ菌も増え過ぎなければ、ヒトの皮膚を守ってくれます。細菌にとっても、ヒトにとっても、肝心なのは共生なのです。 みんな仲良く、「和をもって貴しとなす」の精神で、共存共栄しています。お互いの分泌物がお互いの餌になり、またヒトの汗や皮脂も餌とし共生し、私たちの皮膚を守ってくれているわけです。 なぜならヒトの皮膚は細菌にとっては生活の土台となる大切な基盤であり、それに 傷をつけることは、細菌にとって、自分たちの寝室や台所を壊すに等しいからです。
また、同じ一人の人間の精神にあっても「共生」は重要です。過去の記憶と、未来への不安や希望がバランスよく共存していることが、心の健康に不可欠なのです。 しかし、過去から未来への「あいまいな」連続性、いい換えれば灰色の共生圏を認めない文化の中にあっては、心の病もことのほか深刻です。 うつ病は一神教のヨーロッパでは日本よりずっと重症です。 おまけに、「 I 」や「Ich」、つまり「私」がなければ、文法的に意味をなさない言語では、「私」と「他者」は 峻別 され、共生の困難さも倍になるのかもしれません。 日本語は、むしろ、「私」なる主語を省く傾向があります。
では、どのようにして、バランスのとれた「共生」を得ることができるでしょうか?