Part2 サンフランシスコ~リマ

幸い、アイスランドの火山爆発のようなことは起こらず、AA1910は時間どおりサンフランシスコを離陸しました。ロスアンゼルスまで1時間半のフライトです。そこで、「これだけは知っておきたい図解生化学」という薄い本を持ち込み、2ページほど目をとうしたところ、横に座っていた東洋人が日本語で話しかけてきました。
サンフランシスコやロスアンゼルスあたりは、中国人、韓国人も大勢いるので、東洋系の顔をしても、日本人である確率はそんなに高くはありません。ですから、隣に座っても、ちょうど日本の国内線と同じように、会話するようなことはありません。しかし、日本人である彼は、横目で僕の本を見て、日本語で書かれていることを確かめ、声をかけてきたのです。
「エコノミークラスは窮屈で、嫌ですね」
と、その人は言われます。40をちょっと過ぎた感じの男性です。
そりゃ、当たり前の話で、嫌だったら、ビジネスクラスに乗ればいいのにと思ったのですが、僕も
「そうですね」
と、素直に言葉を返します。
「最近の出張は、全部エコノミークラスなんです」
そりゃ、ご苦労さんです。
「これから、ロスアンゼルスを経由して、日本に帰るんですが、大変なんです」
ごもっともですなぁ。行きと違って、帰りは西に飛ぶので、1時間半ほど余計にかかり、フライト時間は11時間半になります。つまり、半日です。
「経費節減ですか?」
「そうなんです」
「不景気のため?」
「そうなんです」
「昔はビジネスクラスだったんですか?」
「そうなんです」
至極、きつそうに答えられるので、それに興味をつのられ、
「お仕事は?」
と、きいてしまいます。
日産のエンジニアということです。しかも、ハイブリッドカーを設計されています。つまり、時代の最先端を行く技術者なのです。
これは、なかなか面白いと感じ、今度はこちらから、いろいろ質問をしてしまいます。現地で何百キロと車を走らせ、実地に機能を調べるのだそうです。かなり大変な作業のようです。けっこうメタボっぽい体つきで、血圧が高く、ディオバン(降圧剤の一種)を服用中とか。税金は源泉徴収できっちり取られる、日本を支えている、典型的なエンジニアです。
話が中国のことに及びます。彼の考えでは、中国はすごいが、まだまだ日本には勝てないということなのです。その理由は、次のとおりです。
たとえば、ハイブリッドのエンジン。これは、いくら、ブラックボックスの部分をつくっても、必ずコピーされる。防ぎようがない。しかし、問題は、そのエンジンを長持ちさせる、総合的な技術だと言われる。それが、中国にはない。たとえば、10年の中古の土木用のクレーン車でも日本製は、飛ぶように売れる。それは、他の国のクレーン車とは比較を絶して耐久力があるからである。その日本の技術力を中国がしのぐには、まだまだ時間がかかる。ひょっとすると、文化の違いから、それは永久に不可能かもしれない。
な~るほど、実際にハイブリッド車をつくっている技術者の口からでる説明は重い説得力があります。中国人は優秀で、勤勉で、人口も多い。しかも、今、日の出の勢いがある。しかし、彼らのパワーを総合し、彼らが逆立ちしても勝てない技術を日本は持っていると、日産の技術者は言われるのです。これを彼らが超えようとすれば、彼らの文化そのものを変えなければ無理でしょう。
そうですか、日本はまだ安泰なんですね、といたく安心してしまいました。と、いうことで、こんな話をしていましたから、結局、「これだけは知っておきたい図解生化学」は2ページ目を通しただけで、読まずじまいになり、またまた無駄になってしまったのです。

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